ユーミスの丘

ドラ猫横丁0番地に住む猫たちの愉快な物語

その1 マイ ファミリィ

 ドラ猫横丁0番地は、ある牧場のカッター(乾草を切り刻む農業機械)の下をいう。そこには八十センチ四方のダンボール箱の僕たちの家、ニャンキーハウスがあるのだ。

 僕の名前はブチニャン、来春で四歳になる。ブチニャンなんておかしな名前だが、ここの奥さんが付けて、みんながそう呼ぶので仕方がない。どうしてそんな名前を付けたかというと、奥さんが旦那さんに言っていたっけ。
「この猫ネー、白と黒のブチになっているでしょう。だからブチニャンなの。それにしてもみっともない猫ネー」
「本当にブスだ。その上ネズミの一匹も捕れない、ろくでなしだもの。名前なんて何でもいいだろう。無くてもいいようなもんだ!」
 二人はその時、僕をチラチラ見ながら小馬鹿にしていた。何という人間たちだ!僕は腹が立って、腹が立って、あれでよくまあ、”自分たちほど愛情あふれる人間はいない”なんて顔をしているよ!
 
 それはまあいいとして、僕のシッポは五センチぐらいしか無い。
 生まれて四ヶ月ばかりたったある夏の日、弟のヨモブチと母屋の台所に忍び込び、流し台あった三十センチばかりのマスをバリバリ食べていたら、奥さんが入って来て思いっきり平手で叩いたんだ!その時まだ小さかったし、あまりにも痛かったので、そこでシッポを切られたんだと思って随分と恨んでいたが
「ニイには生まれた時からシッポ、無かったよ」
 とヨモブチが言うんだ。妹のトーマスも
「兄さん、生まれつきよ」
 と言う。
 僕はそれを聞いてショックだった。あまりのショックに四、五日は夜も眠れず悩んでいたナァ。僕はシッポ無しなんだ!こんなんじゃ嫁さん貰えないよ。子供だって僕と同じになっちまうもの。
 でも、弟も妹も「気にするな!」って言ってくれるんだよ。優しい二匹に支えられて、僕、自殺しないで済んだんだ。そうでなければ、キツネのキンコに食われようと、あいつが来た時、前に出て行くところだったよ。
 今は生きていて良かったって思うんだ。ここの奥さんが毎日ご飯を作ってくれるしネ。
 
 僕には弟と妹がいるんだ。もう一匹弟がいたが、二年前のお正月に死んだ。風邪をこじらせて肺炎で死んだんだ。あの二番目の弟のサリーは、家族の中で一番ステキだったよ。濃い茶と金色のシマシマで、顔の中心部と腹の下は真っ白な、品の良い姿をしていた。サリーの名前だけは奥さんがどうして付けたのか、教えてくれないんだ。もしかしたら、奥さんの初恋の人の名前かもしれないネ。

 今いる弟の名前はヨモブチ。奥さんは
「ヨモブチはこの中で一番のブス猫だネェ。この顔のみっともない事、みっともない事。本当にみっともないよ!」
 と弟の顔を見る度に言っている。
 弟は黒と灰色のシマシマの固まりが白い毛の中に点在してるのでヨモブチと付けたんだって。鼻は真っ黒なんだ。
 妹のトーマスは茶色っぽい毛に黒のシマシマがついている。ミーコ伯母さんの子のジョン・トーマス・アレキサンダー・ジュニアという男の子にそっくりなので、女なのにトーマスと付けたそうだ。
 他にトーマスの子で、昨年生まれた男の子と女の子がいる。男の子はトーマスの子なのでトム。毛色はトーマスによく似ているが、顔の中心から腹の下にかけて真っ白なハンサムボーイだ。女の子はミーコ伯母さんに似ているのでミイ。三毛猫なんだ。       
 ミーコ伯母さんもジョン・トーマス・アレキサンダー・ジュニアも、僕たち兄妹が生まれたその年に死んでしまった。
 それからもう一匹、いつの間にか家族になった小さな男の子がいる。名前はボンジュ。何でもフランス語のボンジュール(こんにちは)からとったんだって。捨て猫だからそんな名前にしたのかな?ミイとボンジュはヨモブチの毛色に少し似ているけど、ヨモブチのように鼻が黒くないんだ。
 これが現在の僕の家族だ。
 僕たちの先祖は、ニャンキロパーと言うお祖母ちゃんがここの牧場に捨てられたのが始まりとか。それ以前のことは奥さんや旦那さんに聞いても分からない。

「あー、寒い!」
 今は冬。冷たい風を避けて、馬小屋のそばの陽だまりにうずくまっていたんだけど、日が陰り、どうも風向きも変わってきたようだ。家に戻ろうと、僕はノソノソと歩き出した。この寒さときたら、まるで千本の針が体中に打ち込まれたようだ。寒さが厳しい程、痛いと感じるものなのだ。

 ダンボールの家の中はホンワリと暖かった。今日も奥さんが湯たんぽを入れてくれたんだ。湯たんぽの上にはボンジュが座り、トムとミイはピッタリと湯たんぽにくっついていた。
「ただいま」
「伯父ちゃん、おかえりなさい!」
 トムとミイが元気に答えた。
「おかえりなさ~い」
 ボンジュは眠そうな目をしている。
「外は寒いぞ!」
 僕はブルブル震える身体を湯たんぽに摺り寄せた。ああー、あったかーい。この気持ちを幸福っていうのかな。
「寒いのに、ヨモ伯父ちゃんもお母さんも、何処へ行ってんだろう」
 トムが心配して、ニャンキーハウスの小さな入口から顔を出してキョロキョロと見渡している。ミイも
「早く帰って来るといいのにネ」
 と言ってトムの隣に並んだ。ボンジュも眠い目を擦り
「きっとお土産にネズミか鳥、捕って来てくれるよネ、伯父ちゃん」
 と楽しみにしている。
「ああ、きっと持って来てくれるヨ。ミイもトムも心配しないで待ってなさい」
 そう言ってやると二匹は安心したのか、また湯たんぽにくっついて眠り始めた。
 
 三〇分程して、弟のヨモブチの気配がした。
「ニャーオン、ニャーオーン」
 と低い声を響かせながら、ノッソリと家の中に入って来た。その姿は雄々しい。
 僕は時に思う。ヨモブチは、奥さんの作ってくれるご飯を一番多く食べるから立派なのかな?それとも僕に内緒で栄養つけてるのかな?ヨモブチの顔は旦那さんの大きな手と同じくらいだ。頬はフックリと横に広がり、二重顎で艶も最高に良い。
「ニイ!今日は何か捕ったか?」
 ヨモブチは湯たんぽで暖を取りながら訝しげに尋ねてきた。
「人間みたいに野蛮な事を言うなよ」
「あーあ、またこれだもの。ニイは猫だろ!肉食は当たり前じゃないか」
 と呆れ顔だ。
「僕は菜食主義なんだよ」
 ムカッときたが穏やかに答えた。
「ニャッハハハハー、バーロ!まーだそんな事言ってるのか。本当は食べたいくせに!」
 上目づかいにヨモブチはちっこい目を向けた。
「食べたかネェヨ!バカヤロ!」
 僕は思わず大声で怒鳴りつけた。
「やめた、やーめたっと。馬鹿馬鹿しくて聞いてられネーヨ。僕が昨日、鳥を捕った時、ダラダラよだれ垂らして”チョット食わせろ!”と言ったの忘れたのか!?」
「黙れ!兄貴を馬鹿にすると、ここから追い出してやるぞ!」
 僕は、体力では負けるので、素早く喉元に食いついた。不意をつかれてヨモブチは横転し、ダンボールの壁にぶつかって、ドスッと鈍い音を立てた。
「あー、分かったよ。許せ!許せって!」
 腹の上に跨った僕に息苦しくなったヨモブチが頼み込んだ。離してやると顔を歪め、首をクルクル回している。
 それにしても奴め、痛いところを突く。
 僕は、随分前から身体が弱く、年中風邪ばかり引いていて、ネズミや鳥など一度も捕った事がない。いつも弟や妹から貰って食べている。このやるせなさは、身体の丈夫な者には決して理解できない気がしている。

 外は零下17度。奥さんが昼過ぎに作ってくれたカツオブシご飯の残りが、一時間しか経っていないのにコチンコチンに凍っている。
 0番地を大きく囲んでいるⅮ型ハウスの外は、雪がちらついて来た。時折このドームの大きな二枚戸をガタガタ揺らす風が隙間から吹き抜けてくる。子供たちは僕たちの諍いにも気づかず、グッスリ眠っていた。
「みんな、よく眠っているナ」
 首をすくめたり伸ばしたりしながら、ヨモブチは子供たちの様子を伺っている。
「湯たんぽがあるから
 この寒さを気にせずに熟睡出来る理由は他に思い当たらない。
「湯たんぽなんて今年が初めてだもんナー。どうしてもっと早くから入れてくれなかったんだろ?」
 ヨモブチの問いに
「ボンジュが特別可愛いからだろ」
 と答えた。
 家族の中で奥さんに素直に抱っこされるのはボンジュだけだ。ボンジュ以外は人間不信で、奥さんや旦那さんのスキンシップを心良く受け入れないのだ。それでも奥さんは、ご飯だけは作ってくれていた。

 ヨモブチの声がしなくなったと思ったら、ゴォーゴォーと大きないびきに変わっていた。見るとトムを下敷きにして眠り込んでいる。こいつは本当に幸福な奴だ。そう思いながら、妹のトーマスを案じている。
 まだ帰って来ない!この寒さの中を一匹で狩りをしているのだろうか?あと一時間もすると、すっかり暗くなってしまう。この辺はキタキツネが多く、野良犬も五、六匹はいる。トーマスは家族の中で一番狩りが上手だから滅多な事はないと思うが、やっぱり帰って来るまでは心配だ。
 心とは裏腹に、湯たんぽの心地よい温もりで、上瞼と下瞼がくっついてしまいそうだった。