ユーミスの丘

ドラ猫横丁0番地に住む猫たちの愉快な物語

その4 ノン母さんの思い出

 僕たちの母さんの名前はノン、弟一匹との二匹姉弟と聞く。叔父さん(母さんの弟)は僕たちが生まれる前に行方不明になったそうだ。
 お祖母ちゃんの名前はニャンキロパー。奥さんが嫁に来る数年前に、ここの牧場に捨てられたと聞いている。ノン母さんが生まれたのは、奥さんと旦那さんが結婚した年の春だって。お祖母ちゃんは子供を捨てられないよう、大きくなるまで隣の牧場の屋根裏で育て、随分大きくなってからこの牧場に連れて来たんだって。だからノン母さんが初めて奥さんに会ったのは、生まれてから半年後の秋だったそうだ。その時の母さんと叔父さんは逃げ足が早く、今の僕たち以上だったらしい。それを見た奥さんがいつも
「こんな、めんこくない猫、捨てましょう!」
 と言っていたらしい。


 ある日、母さんと叔父さんは不意に奥さんと旦那さんに襲われて捕まってしまい、段ボール箱にギューギュー押し込められたんだってサ!
 二匹は必死で何とか脱出して、それからは二度と捕まらなかったそうだ。

 そんな危険な生活をしながらも、お祖母ちゃんからしっかり狩りの手ほどきを受け、冬が来る頃には十分に一匹で生きて行けるようになったんだって。それを見届けたお祖母ちゃんは安心して、二匹に気づかれないよう何処かへ行って、再び戻る事はなかったそう。
 子離れっていうんだよ。
 そうなると母さんと叔父さんは、益々一生懸命にネズミを捕って自立していった。その事を知った旦那さんと奥さんは、もう捨てるって言わなくなったそうだ。 
 
 母さんが奥さんを大好きになった事件が起きたのは、その翌年の春だった。
 ある日、母さんが牧場を散歩していたら、突然、四頭の野良犬が母さんを狙って追いかけて来たんだ。母さんは必死で牧柵によじ登ったけれど、四頭の野良犬は殺気立って
「ウォー!ウォー!
「ワン!ワン!ワン!」
 と吠え立て、高さ一.三メートルの牧柵を軽々とジャンプして飛び越えてくる。
 犬たちの獰猛さに恐怖がピークに達し
(噛み殺される!)
 と思ったその時、助けに来てくれたのが奥さんだった。
 奥さんは馬小屋の掃除をしていた時、異変に気づいて飛んで来たんだ。大声で野良犬どもを怒鳴りつけながら棒を振り回してね。物凄く勇ましかったって!
 母さんは奥さんの胸にしっかりとしがみつき、ふっと肩越しに顔を上げると、犬どもが悔しそうに何度も振り返りながら逃げて行くのが見えたそうだ。

 助けられて馬小屋の側に下ろされたが、しばらくは震えが止まらなっかたと、その話をする度に歯をカチカチいわせていたよ。その時から母さんは、奥さんが大好きになったんだって。
 奥さんは時々
「ノンちゃんはネ、助けてあげてから半日間も私の側にまとわりついて、ゴロゴロして感謝してたのよ。それからはね、ネズミを捕っても、鳥を捕っても、必ず私にくれたのよ。あんたたちには、そんな気持ちないよネ」
 って嫌みったらしく言うんだよ!
 母さんも
「死ぬまで奥さんには足を向けて寝れないよ。あの時助けてくれなかったら、命がなかったからネ。震えが止まった後はネ、ゴロゴロしたよ。もう、沢山したよ。ゴロゴロするのは、猫の最大の感謝なんだからね」
 と僕たちに言い聞かせていたが、僕は、これといって特別感謝する事も思い当たらないので、ゴロゴロしていない。
 母さんは、
「親の恩は子の恩だよ。私が死んでいたらお前たちは生まれていなかったんだから、私と同じく感謝の気持ちを忘れないようにネ」
 と、いつも言ってたっケ。そう言われたって、やっぱりピンと来ないんだ。
 
 僕たちが生まれたのは、母さんが助けてもらってから二年後の夏だった。母さんは僕たちを随分と可愛がってくれたよ。
 その母さんも、秋には子離れして行ってしまった。
「奥さんに可愛がってもらうんだよ」
 そう言い残してネ。
 あの頃は、僕たちの他にミーコ伯母さん親子もいたので、七匹の大家族だったんだ。
 母さんは、あまりの大家族に奥さんに済まないという気持ちで一杯だったんだろうか?あんなに大好きだった奥さんとも別れて行ってしまったのだから
 お祖母ちゃんも母さんもミーコ伯母さんも、一匹で生きていける猫だった。
 それに比べると、僕たちはどうだろう?奥さんに
「能無し猫メ!」
 と時々邪魔にされている。
 本当は、僕と子供たちだけが働けないだけで、トーマスはものすごい働き者だし、ヨモブチだって、いつも真夜中に働いているんだ。
 でも、奥さんは弟が働いているのを知らない。
「ヨモブチはブサイクで働かないし、ブチニャンと同じ、ぐうたら猫だね」
といつも言っている。
 旦那さんは
「今いる猫たちは馬鹿ばっかりだ。厩舎の隅に糞するのだけは、一人前なんだよ。
 こんな不潔な奴ら、そのうちきっと捨ててやるぞ!」
 と言ってる。それをヨモブチに教えてやったら、怒る怒る。
「ニイ!どうして奥さんたちに僕の働き様を伝えてくんないんだよ!」
 ってね。
 そんな事言ったって、僕は人間の言葉は分かるけれど、喋れないんだ。ヨモブチは、その時小さい目を吊り上げて言ったんだ。
「ニイ!早く字書けるようになれよ!そして奥さんに手紙出さないと、俺たち、本当に捨てられちゃうぞ!」
 もっともな話だが、そう簡単な事ではない。
「もう少し時間をくれよ。奥さんにきっと伝えるから」
 僕は、自信なげに小さな声で答えた。
「急いでくれよ!」
 ヨモブチは、食い入るように僕を見つめ、ダメ押しした。
 
 奥さんは、僕らの中で最も逃げ足の速い妹のトーマスの事は、いつも褒めていた。
「トーマスはやっぱりノンちゃんの子供なのね。真面目に働いているのはトーマスだけじゃない」
 が奥さんの口癖だ。
 トーマスは、兄の僕が言うのもなんだが、本当に働き者なんだ。猫ってのは、母さんを見ても分かるように、女の方が働き者なんだと思う。
 それにしても妹の奴、昨日から帰って来ないけど、どうしてるんだろうか?