ユーミスの丘

ドラ猫横丁0番地に住む猫たちの愉快な物語

その12 僕たちのチビタ伯父さん

 正月の三が日が過ぎて、ヨモブチとトーマスがソロソロ働きに出ようかと話し合っていた五日の昼過ぎ、外で遊んでいた子供たちが大急ぎで戻ってきた。
「お母さん!知らない人が来るよ!」
とトムが息を切らして言った。そのそばでミイも興奮している。
「ミイにネ、0番地は何処かねって聞いたの。だから、私の住んでいる所ですって、教えてあげたのよ!」
 その二人の話が終わらぬうちにボンジュが口を挟んだ。
「あのネ、お母さんにそっくりで、でもシッポがブチ伯父ちゃんみたいなの!」
 それを聞いて僕はピーンときた。
「チビタ叔父さんじゃないの?」
 すかさずトーマスが言った。どうやら僕と同じ事を考えたらしい。
「チビタ伯父さん?」
 ヨモブチはキョトンとしている。
「お袋が昔話していたろう?トーマスは一番最初の子のチビタにそっくりだが、シッポが長くて良かったネって。そのチビタ伯父さんに決まっているじゃないか!」
 僕がそう教えている間に足音が近付いて来た。
「ウッホン!私はチビタ伯父だが、皆いるかな?」
 やっぱりそうだった。トーマスは、慌てて家の中の整理をしている。僕とヨモブチは急いでニャンキーハウスの前に出ると、なるほどトーマスにそっくりな中年の紳士が立っていた。裕福な生活をしているのが一目で分かった。チビタ伯父さんの顎ときたら三重顎でムッチリとしていたし、下腹もデップリと膨れ、我が家で一番立派な体格のヨモブチの二倍はありそうな大きさだ。その上、太い首には中心に金色の鈴が付いた渋い革の首輪をしてステッキまでついていたのだ。
「おめでとうございます。チビタ伯父さん!」
 僕らは丁寧に頭を下げた。後から出て来たトーマスに従い、子供たちも次々に挨拶している。
「あー、おめでとう!一度も会った事がなかったが、よく私が分かったネ」
 ゆっくりとした重々しい言葉が返ってきた。
「ハイ、母がよく話しておりました」
 トーマスが答えた。
「そうか、私も母から聞いてはいたが、中々お前たちを訪ねる機会がなくてネ」
と言うと、伯父さんは辺りをグルリと見回し、わずかに眉を寄せている。汚い所だと思っているのだろうか?それとも生活のレベルの違いに驚いているのだろうか?チビタ伯父さんの身体からは石鹼の匂いがプンプンしている。
「今日はチョット話があって来たのだヨ。ウッホン!」
 チビタ伯父さんは気を取り直し、声を張り上げた。
「まあ、このような所ではなんですから、どうぞ中へ」
トーマスは先に立って、いそいそとニャンキーハウスへ招いた。
「どうぞ、どうぞ」
 子供たちは物珍しそうに僕らの様子を見ている。
「ヤアー、すまんのー。それじゃ少し休ませてもらうよ」
 チビタ伯父さんは家の中に入ると今度はヒクヒクと鼻を動かし、室内を見回している。トーマスは気を利かせ、子供たちを外へ遊びに行かせる。素直に言い付けを守る子供たちをチビタ伯父さんは笑顔で見守っていた。
「良い子供たちじゃないか!」
 チビタ伯父さんは感心して言った。
「ありがとうございます。サァ、どうぞどうぞ、湯タンポのそばにいらっしゃってくださいませ」
 トーマスはとびっきり上等な言葉で言った。子供たちのことを褒められ、嬉しくて気取っているんだよ、きっと。
「ヤアー、すまんすまん」
 チビタ伯父さんは横にステッキを置くと両手を摺り合わせながら、湯タンポにピッタリとくっついた。
「オー、暖かーい!ここでは毎日湯タンポを入れて貰っているのかな?」
 僕らが頷くとチビタ伯父さんは穏やかな顔になった。僕たち兄妹も湯タンポに身体を寄せる。
「実は、私はここよりずっと西側の二軒隣の牧場に住んでいるが、もうすぐそこの人間さんが引っ越す事になってネ。それでだ、私ももう歳だし、これから一匹で生きて行くのも大変だから、奥さんが一緒に行こうと言ってくれてネ。それで私も思い切って同行する事に決めたんだヨ!」
 チビタ伯父さんはゆっくり一言一言嚙み締める様に言った。
「はぁー」
僕らは何と言って良いのか分からず、間の抜けた合づちを打っていた
「ここだけの話だが、私にはチョットした財産があってネ。牧場の土地と住宅を自由に使って良い権利を持っているんだよ。そこでネ、私にはこれといった身内もいないから、お前たちに全部譲って行こうと思ってやって来たんだよ。どうだい、貰って貰えるかな?」
 チビタ伯父さんは口を尖らせ、それぞれの顔を見つめて言った。僕らは余りの幸運な申し出に息もつけない程驚いて、お互いの顔を見合わせた。
「本当ですか?」
 ヨモブチが聞き返した。
「ああ、本当だとも。これで大家族のお前たちの生活も、今までよりは少し良い暮らしができるゾ!」
 チビタ伯父さんは少々得意になって言った。
「どうもありがとうございます!」
 僕とヨモブチの目は輝いて深々と頭を下げた。
「子供が三匹もおりますので、大助かりです。ありがとうございます」
 トーマスも丁寧に礼を言い、頭を下げる。
「そうか、そうか。それではそういう事にしよう。じゃ、私はこれで帰るとしよう。いつかお袋に会ったらよろしくナ」
 チビタ伯父さんはステッキをついて立ち上がった。太り過ぎて足がもつれ、顎の下が揺れていた。
 サア、見送りだ。僕らは伯父さんの後にゾロゾロ続く。伯父さんは厩舎の裏手に回ると西に向かって進む。遠い空から雪がチララチララと降っていた。僕らは厩舎の裏で立ち止まる。北風がチビタ伯父さんの身体に吹き付け、毛がめくれている。
「伯父さーん!引っ越しは何時ですか?ー!」
 トーマスが声を掛けるとチビタ伯父さんは首をすくめて振り返った
「明日の朝じゃよー。もうお前たちには二度と会う事はないだろうけど、元気でナア!」
 と、立ち止まってステッキを振りかざした。
「サヨウーナラー!」
 手を振る僕らに気付いて子供たちも駆けて来て、一緒に手を振っている
「達者でナ!」
 チビタ伯父さんは更に高くステッキを振ると歩き出した。行く手に目を馳せると、雪に覆われた大地を前足で掘り起こし、むき出しになった枯草を食む馬たちがいる。その広々とした放牧地の奥は白い山並みが続き、すっかり落葉して幹だけになった木々が空に透けている。厳しい冬の景色だ。牧柵に沿って進んで行くチビタ伯父さんは段々小さくなって視界から消えた。
 伯父といっても僕たちより二つか三つ年上のノン母さんの子供と聞いている。僕たち家族は同じ年に生まれた子供は兄弟・姉妹であるが、年が違って早く生まれた子供は伯父さん、伯母さんと呼び合っていた。チビタ伯父さんは確かに僕らより良い暮らしをしているようだが、家猫になっている以上、伯父さんの人生は人間次第という事になるのだろう。それに比べ僕らの生活は厳しい。しかし、僕は家族で暮らす幸福をしみじみと感じていた。

 寒風にさらされ、僕らはしばらく立ち尽くしていた。不思議な事に、今初めて会ったチビタ伯父さんが遠くへ行ってしまう事に言い知れぬ淋しさを感じている。何かかけがえのない大切なものを失ってしまった様な、そんな気がしていた。フッと母さんの口癖を思い出した。
家族が増えるのは良いが、一匹でも減るのは淋しい事だよ」
 そう言っていた母さんの行き先は、ようとして分からない。
「皆で住めるのが一番の幸せかもしれないわネ」
 トーマスはニャンキーハウスに戻りながら僕らに言った。
「そうサ!やっぱり0番地に住んでいるのが一番サ!」
 ヨモブチが同調した。
「イマドキ皆で力を合わせて生きている猫なんて、僕らだけかもしれないなあ」
 僕は答えながら(奥さんや旦那さんの力を借りているけどネ)と思っていた。
「明日は早速チビタ伯父さんの土地を見に行って来ようかしら?
 トーマスの声が弾んだ。
「僕も行くよ!」
「ああ、よーく見て来ておくれ。だけど十分に気を付けてくれよ」
 ヨモブチも楽しみにしているが、身体の弱い僕は留守番に決まっている。チビタ伯父さんの土地は、この0番地から随分と遠い西側にある。そこに行くには大きな川にかかる橋を渡らなければならず、交通事故の多い場所でもあった。幼かった頃、僕らはいつも母さんから
「危ないから行ってはダメ!」
と言われ続けていた。故に今の今まで足を向けた事がなかった。

 正月も奥さんのご飯を貰ったとはいえ、ウサギの肉は僕らをタップリと楽しませてくれた。今では歯が立たない太い骨の残骸だけになっている。そろそろヨモブチとトーマスが働きに出る時が来たのだ。
(もしかするとチビタ伯父さんの土地は、狩りには絶好の場所かも知れないゾ!)
 僕らは湯タンポにくっつき、そんな事を考えていた。子供たちは、寒さそっちのけで厩舎の中を思いっきり走り回っているのだろう。屈託のない子供たちのはしゃいだ声が聞こえている。