ユーミスの丘

ドラ猫横丁0番地に住む猫たちの愉快な物語

その6 弟の帰宅 

 この0番地付近には毎夜のように犬のゴンタとキツネのキンコがやって来る危険性があった。そのため僕らはオチオチ眠ってなどいられない。が、子供たちだけにはゆっくり眠らせてあげたくて、家にいる大人は注意を怠らない。こんな危険な目にあっているのを旦那さんも奥さんも知らないようだ。
 奴らが襲って来たらどうするか?
 そのマニュアルは出来ている。この0番地に隣接するライバという馬の房に駆け込むんだ!ちょうど後ろの壁には猫なら容易に潜れる隙間があるからね。そこに隠れるのさ。ライバは僕らと特に仲が良い馬だから、いつでも行けることになってるんだ。奴らもそこまでは追って来ない。来るのは決まってこの厩舎の周りまでだ。

 パサパサと早足の音だ!僕も妹もピーンと耳を立て、毛が逆立った。
「トム!ミイ!ボンジュ!」
 トーマスは子供たちを起こすと駆け出した。僕は用心しながら様子を見に行く事にした。
 足はもつれ、喉はカラッカラになってきた。それでも僕は
(勇気を出せ!一家の主だぞ!)
 と自分自身に言い聞かせ、震える足を前へ前へと進めて行った。
(あー、こんな時、ヨモブチがいてくれるたら心強いのになぁー)

 Ⅾ型ハウスの入り口近くまで進むと、ノッソリと何者かが入って来た。
 なんて奴だ!僕はありったけの力を込めて叫んだ。
「ニャウッオー!!帰れ!帰れ!」
「ニイ!僕だよ!」
 聞き覚えのある声がした。
「何ー!ヨモブチだったのか!ゴンタとキンコかと思ったヨ!」
「そうか。僕が今、奴らを下の港の方までおびき出して、まいて来たところサ!」
「何ー!?追い払ったのか!?」
「あぁ、奴ら、足が早いもんだから、喉がヒーヒーいってるよ」
 とハアハアと肩で息をしている。
「大変だったな!ホッとしたよ。トーマス!ヨモが追っ払ってくれたってサ!」
 その声を聞いて、トーマスは子供たちを伴って出て来た。
「ヨモニイ!お疲れ様!」
 安堵した妹の母親としての顔がそこにあった。妹の後ろからヒョッコリ姿を見せた子供たちが弟に駆け寄り、口々に礼を言っている。
「ヨシヨシ、もう安心だから、ゆっくりお休み」
 ヨモブチに優しく頭を撫でられた子供たちはコクリと頷き、湯たんぽにくっついて寝息をたて始めた。
 ヨモブチはニャンキーハウスから時々顔を出して息を整えている。
「ヨモニイ、今夜もキンコとゴンタは一緒だったの?」
 湯たんぽで暖を取っているトーマスが尋ねた。
「あぁ、どうも奴ら、来春には結婚するみたいだよ。いっつも一緒だもの」
「やっぱりね!奴らの家族が増えたら今まで以上に危険で、オチオチ子供も育てられやしない」
 トーマスは眉をひそめている。
「だけど、人間はあのままじゃ済まさんだろう?」
 ヨモブチが深刻な顔をした。
「うん、そうだと思うよ。ここの旦那さんや隣の人間たちも、キンコの毛皮がほしいと言ってるし、野良犬は毒まんじゅうを食わして殺すって言ってたから、案外短命かもしれないぞ!」
 僕は奥ですっかり寝入った子供たちの様子を窺いながら、こわごわ口を挟んだ。
「そうかもね」
 トーマスはアッサリと言った。
 興奮冷めやらぬヨモブチを横目に、僕とトーマスは湯たんぽの側でまどろみ始めた。寒い時の暖かさはご馳走と同じだネ。そんな気分だった。
「そうだ!」
 トーマスが突然身体を起こして言い出した。
「ヨモニイが帰って来たら話そうと思っていた事があったのよ!」
 カッと見開いた目がキラキラ輝いている。
「何だい、それは?」
 荒い呼吸が収まり、汚れた足の手入れをしていた弟がけげんそうな顔をして尋ねた。トーマスは声をひそめて話し始めた。
「ニイたちも知っていると思うけど、ここの旦那さんや奥さんが、一週間ほど前にユーミスの丘にウサギの罠をかけに行ったでしょう?」

 ユーミスの丘とは、太平洋を望む小高い一角にあるこの牧場の一番奥地で、僕らの祖先が名付けた。子孫を守るために壮絶な死を遂げた英雄の名前がそのまま付けられたとノン母さんから教えられていた。
「知ってるよ。あれから毎朝4日間ぐらいはユーミスの丘に見に行ってたろう?」
 弟は首をグルグル回しながら言った。
「そうなのよ。でも、かからないって諦めて、もう丘に行っていないのよネ。その罠にウサギがかかったのよ!」
 妹は笑顔を浮かべ、得意気だ。
「何ー!かかってるって、ホントか!?」
 僕は身を乗り出した。大変な獲物だ!僕ら三匹の目が輝いている。
「そうなのよ!これでやっとみんなで楽しいお正月を迎えられると思ったら嬉しくてネ。兄さんたちが揃ったら話そうと思ってたのよ」
「ウーン!トーマス、よくやった!」
 弟は妹の肩をポンと叩くと、ゴクリと唾を飲み込んでいる。
「だけど、あの二人、罠を見に行かないかな?」
 僕は心配になった。
「行かないワ!もう諦めているし、明日は大晦日よ!そんな暇はないわヨ!」
 トーマスは自信たっぷりだ。
「そうだった。さっき奥さんが”忙しくて忙しくて”って言ってたんだっケ!」
と僕が安心すると、今度は弟が心配している。
「キンコやゴンタに見つからないだろうナ?」
「だ・か・ら、その周りに私がウンチやオシッコをして、カモフラージュしてきたから、ウサギがかかったなんて思わないワ!それに雪もかけておいたから、カラスやトンビにだって気付かれないわヨ!」
「ふーん、お前はやっぱりノン母さんの子供だネ。しっかりしてるもの!」
 僕はすっかり感心した。
「そうか!じゃあ大丈夫だ!明日は奥さんのご飯を食べないで、みんなで出かけるとしよう!」
 弟の言葉に僕らは大きく頷く。弟と妹は疲れが出たのか、間もなく眠ってしまった。
(あー、早く朝が来ないかなぁ)
 僕は初めて見る大きな獲物が気になって、なかなか寝付けなかった。