ユーミスの丘

ドラ猫横丁0番地に住む猫たちの愉快な物語

その5 妹が帰って来た

 長い冬の夜が始まった。戸外は雪明りで、夏の夜とは比べ様もない程明るいが、ここⅮ型ハウス内の0番地は、闇の世界だ。ここに明かりが灯るのは、夜に旦那さんや奥さんが馬達に餌をつけに来るときだけだ。
 楽しみにしていた餌を食む馬たちは騒々しい。吊るされた飼い葉桶をガンガン、ゴツゴツと壁にぶつけながら食べるんだ。大きな口に頬張った餌をゴリゴリとリズミカルにすりつぶし、時折鼻の穴に入り込む餌を振り払おうと顔をゆすり
「ブオーン!」
 と鼻息を一気に放出する。凄い音だ!いつもの事とはいえ、生きるエネルギーに溢れているね。

 しばらくすると馬たちは眠りについたのだろう。静かになった。夜も更け、熟睡する子供らの側でまどろんでいると、トットットッと、聞き慣れた足音が近づいて来た。
「ニイ、ただいま!みんな、変わりなかった?」
 澄んだ妹の声がして、ニャンキーハウスにソロリと姿を現した。頭上に僅かな雪がのっている。
「トーマス、遅かったナ。トムもミイも心配してたヨ」
 身体を起こして出迎える僕の声で眠っていたトムとミイが目を覚ました。
「お母さん!何処行ってたの?」
 すぐさまミイが妹に身体を摺り寄せて聞いている。
「何処ってネ、もうすぐお正月でしょう。だから、みんなとゆっくり休むためには、うーんと働かないと、ミイやトムに美味しい物を食べさせてやれないからネ、」
 そう言うと自分の身体を暖めるのを止め、まとわりつくトムやミイをなめてやっている。ボンジュはまだ湯たんぽの上で何も気づかずにグッスリ眠っていた。
「ニイ、ヨモニイは?」
 トーマスが尋ねた
「ああ、今朝、奥さんがボンジュばっかりに美味しい物をやるんで、むくれて出て行ったきりなんだヨ」
 湯たんぽを挟んだ向かい側で答えた。
「そう!せっかくみんな揃っていると思って、良い話を持って来たのに!」
 トーマスは唇を突出し、チョッピリ残念そうに目をふせた。
「何か、よほど良い話のようだネ」
 身を乗り出すと、
「うふふふふ、でも、ヨモ兄ちゃんが帰ってきてからにするわ」
 トーマスは意味ありげに笑った。それを聞いていたトムが、
「ネッ!ネッ!僕だけにそっと教えて!」
 とトーマスの口元に耳を近づけた。
「ダメッ!これはみんなが揃ってから!」
 そうたしなめたが顔は笑っている。
 僕は、何か大きな獲物のことだろうとピーンときた。だがそんな事をしつこく聞くのは女々しいので黙っていた。
「ああー、暖かい!今日も奥さんが湯たんぽ入れてくれたんだね。私、あの人の事あまり好きじゃないけど、優しい所もあるのよネ」
 珍しく奥さんをほめている。トーマスの側にトムとミイは身体をピッタリよせて眠り始めた。何とも言えぬ幸せそうな顔を見ていると、こっちまで心が温まる。

 そう言えばトーマスは、奥さんに一メートル以上近づいた事はない筈だ。いつも、怖い顔をして奥さんを睨みつけ、いくら奥さんが、
「こっちへおいでトーマス!」
 と声をかけても、絶対に行こうとしないんだ。
 先日、奥さんがとうとう怒って、ご飯を食べているトーマスのシッポをふいに掴んで持ち上げたんだよ!逆さずりになったトーマスは、
「ギャー!」
と悲鳴を上げ、パニックをおこして暴れていた。
「ハッハッハッハッハッ、ザマーミロ、トーマス!」
 奥さんは、トーマスの反撃を恐れ、すぐさま妹を放り出した。そして言ったんだ。
「これじゃあ、私になつくわけないネ、ハハハハハハー」
「だから、奥さんなんて、大嫌いヨ!」
 トーマスも負けずに言い返していた。あんな事があっても、奥さんの良いところは知っているんだ。

 一息ついてやっと気が付いたのか、トーマスが言った。
「オヤ!ニイ!捨て子は元気なさそうだね。なんて格好してるんだい。変なもの着てサ」
 とボンジュをしげしげと見ている。
「ああ、元気がないからって奥さんが着せたんだが、その前に風呂に入れられたもんだから、よけい元気をなくしてるんだ」
「なんだって!冬だよ!猫が風呂に入ったら、なおさら病気が悪くなるに決まってるじゃないか!」
 トーマスは驚いて大声を上げた。すると子供達がその声で目覚めた。目をショボショボさせながらトムが口を挟んだ。
「奥さんがデパートに行った時見たペルシャ猫は、いつも風呂に入ってるんだって。ネエ、ボンジュ」
「うーん、そう言ってたけど、なおさら元気がなくなったよ、ボンは」
 と弱々しい声だ。
「当たり前だ!ペルシャ猫だって?それじゃそいつは年中痔になってるよ!」
 トーマスの声が、益々荒くなった。ミイが付け加える。
「ううん、元気なんだって。それでネ、すごーく美人なんだって!」
「ニイ!ぺ、ペルシャ猫って何だい?そいつは!」
 僕はありったけのペルシャ猫の知識を伝えた。
「何でも毛が真っ白でフサフサしていて、空色の目をしているそうだよ」
「バカバカしいネ!そんな外人みたいな猫がいるわけないっしょ!」
 なぜか、トーマスは怒っている。どうも、色黒のトーマスは、色白の猫と聞くだけでカッとくるらしい。嫉妬というやつだろうか?
「あのね、ヨモ叔父ちゃんがね、お嫁さんにほしいって!」
 ミイが余計な事を言う。僕は思わず眉を寄せ、ミイを睨んだ。
「バッカじゃないの!もらえるわけないでしょ!第一、どうやってデパートに行くのサ!」
「あのね、奥さんに連れて行ってもらうんだって!」
 トムがまたまた余計な事を言った。
「バカバカしくて聞いてられないよ!」
 トーマスの怒りが爆発しっぱなしだ。その様子にやっと気づいた子供たちは、もう何も言わなくなった。
 しばらくは、この1メートル四方もない空間にシラケムードが漂った。


 一時間も経ったろうか?
「この子、大丈夫かい?」
 やっとトーマスの機嫌が直ったらしい。相変わらず湯たんぽの上でぐったりしているボンジュの鼻をぺろりとなめている。
 僕たちは鼻先で病気か病気でないか、判断するのだ。
「あらー、この子余程大事にしないと、サリー兄さんみたいになっちゃうよ!」
 そして、僕にきつい事を言った。
「ニイ!あんたはやっぱり男だねネエ!こんなに具合が悪いんだったら、外に出したらダメでしょう!寝かせておかないと。そのための留守番でしょ!」
 最もだと思いながらも、僕だって病気だよ!そう思った。
「ああ!気をつけてるよ!」
 と、つい腹を立てて声を荒げた。
 それを聞くとトーマスはギロリと上目づかいに僕を睨み付け、これ見よがしにボンを抱きしめている。
「お前さんはお母さんがいなくて、本当に可愛そうだネェ」
 ボンジュの顔が見る見るうちに曇ってきた。トーマスの胸にスッポリ身体を埋め、ポトポト涙をこぼしている。
「あーあ、泣かないの。私がお母さんになってあげるから」
 声を殺して泣くボンジュにそう言い聞かせ、優しく涙をなめるトーマスだ。以前は
「子供はミイとトムでたくさんよ」
 と言っていたのに。
 そんな様子に僕の胸が痛くなった。ボンジュがあまりにも哀れでいたたまれず、僕はそっと外へ出た。

 もう午後11時をまわったろう。シンシンと冷え込む冷気にブルッと身震いがでた。
 空には満点の星が広がり、周りの風景が薄墨に彩られている。建物の側でそっと用を足していると、何者かの気配がして、パッと振り返った。
「伯父ちゃん、ヨモ叔父ちゃん帰ってこないネ」
 そこにはトムが立っていた。ホッとしながら、
「ああ、キンコの奴が、今夜も来そうな気がするが、あいつは強いから大丈夫だろう」「大丈夫だよね、きっと。寒いから早く家に入ろうよ!お母さんがそう言っていたよ!」
 トムはそう言って戻って行った。
 僕はもう少しヨモブチを待っていようと、うずくまっていた。すると隣の牧場の山陰から、けたたましいイヌの声が聞こえて来た!瞬時に全身の毛がピーンと逆立った。
 身体が小刻みに震える。急いで0番地に戻ると、ハウスの前でトーマスが立っていた。耳も毛も逆立っている。子供たちは気づいていないようだ。
「ニイ!今夜も来るかな?」
「ああ、奴らが来たら僕が前に出て行くから、トーマス!お前は子供たちの事を頼むぞ!」
「ニイ!危ない真似はしないでよ!」
トーマスは、そう僕に忠告した。