バターン!
ドアを開ける音だ!
誰もがスクッと身を立てる。
奥さんと旦那さんだ!
戸外へ出ると、ボンジュは雪が冷たいらしく、足をすくめながらも奥さん目がけて駆けていく
「アラー、ボンジュ!ボンジュ!可愛いわねぇ」
奥さんはボンジュを抱き上げ、防寒着の懐の中に入れている。
「ご飯!ご飯!」
「ご飯をくれよ!」
と僕らが言っているのに、奥さんときたら
「もう少し待っててネ」
だって。
「いつもこうだもんなー!」
と僕が言うと
「あー、お腹が空いてどうしようもないよ!」
とトム。ミイは
「何でもいいから、早くください」
と悲しげな声で言った。するとヨモブチが怒鳴りだした。
「やめろよ!みっともない!仕方がないだろう! 人間なんて、みんな、こんなもんサ!」
そんないじけた弟を、後から出てきた旦那さんが
そんないじけた弟を、後から出てきた旦那さんが
「ヨモブチ、良い毛しているネ。可愛いネ」
と、頭をゴリゴリと撫でた。するとどうだろう。 ヨモブチめ、ひっくり返ってゴロゴロと旦那さんの機嫌を取ってやがる。ヨモの奴、いっつも調子が良いんだよナァ。
そんな事とも知らず、二人の人間たちは気を良くし、 奥さんはボンジュを懐に入れたまま馬の飼い葉をつけはじめた。僕らは後ろからゾロゾロとついて行った。
よくは分からないが、 ここの牧場は時々馬小屋がガラガラになる事があるんだ。僕は
と、頭をゴリゴリと撫でた。するとどうだろう。
よくは分からないが、
「馬を売って生活しているんだったら、 こんな事では潰れてしまうよ!」
といつも忠告しているのだが、僕の言う事は理解出来ないらしい。
あーあ、お腹すいた。 日頃から空腹感を忘れよう、忘れようとしているが、奥さんを見かけると、すぐに腹ぺこが表に出てくるんだヨ。 これは僕だけではないらしい。
旦那さんと奥さんは飼い葉をつけ、各馬房の水桶を満杯にすると放牧地から馬たちを
連れて来る。馬たちは二人の言う事を結構きいていて、てこずらせることはあまりない。早く終わらないかとそればかりを思い、戸口をふさぐようにみんなでウロウロしていた。馬たちが ”ジャマだ、ジャマだ!” と大きく頭を振っている。
「ブチニャン、もう少し待ってなさい!」
馬を引いて僕らにつまずきそうになった奥さんがきつい目を向けた 。
「ニャン、ニャン、早く!」
「気に入らないなら、みんな出て行きなさい!」
「そんな事言わないでよ、ニャーゴ!」
見上げる僕に、更に奥さんの毒舌が飛ぶ。
「言う事聞かないと、みんな捨てるよ!」
僕たちは何を言ってもムダだと知って、 スゴスゴと帰宅し、湯たんぽに身体を摺り寄せた。深いため息が出た。可哀想だね、僕ら弱者は。
しばらくして、ボンジュが戻って来た。
「今、ごはんを持って来てあげるから、入ってなさい」
そんな声がしている。間もなく、 ふんわりと温かい白米にカツオブシをまぶしたご飯が届けられた 。子供たちをはじめ、弟も僕も嬉しくて美味しくて
「ニャッ、ニャーン」と、鳴きながら食べた。うまいなー、あーうまい!うまい!もう少しで倒れそうだったヨ、腹ぺこで!
「今、ごはんを持って来てあげるから、入ってなさい」
そんな声がしている。間もなく、
「ニャッ、ニャーン」と、鳴きながら食べた。うまいなー、あーうまい!うまい!もう少しで倒れそうだったヨ、腹ぺこで!
そんな僕たちを近くで見守っていた奥さんがこう言った。
「ボンジュ!どうして食べないの?」
そう言われてみると、どうもボンジュの奴、 身体の調子が悪いのか、元気がない。
思えば四、五日前から食欲がなくなっていたようだった。時々身体をなめてやったりしていたが、このチビは栄養が足りないんだと思っている。 目ヤニが出てフラフラしているのが奥さんには分からないのだろうか? もっとも僕らはそんな贅沢なことを言える立場ではない。
旦那さんや奥さんの作業着は、 この辺の牧場の中では見たこともない程ボロボロだし、家だって粗末なものだ。二人は貧乏なのだ。それなのに僕らにご飯を作ってくれているんだ。
奥さんが一番可愛いがっているのはボンジュだが、 次の行為には驚かされた。母屋に入って二十分もすると、変な洋服を持って来たんだ。
思えば四、五日前から食欲がなくなっていたようだった。時々身体をなめてやったりしていたが、このチビは栄養が足りないんだと思っている。
旦那さんや奥さんの作業着は、
奥さんが一番可愛いがっているのはボンジュだが、
「ボンジュ、寒いの?寒いんでしょ」
なんと、チョッキじゃないか。 うなだれているボンジュに着せてみたが、小さすぎた
ようで、腹の下のスナップが留まらない。奥さんは
「チョット小さいわね」
と言って、駆け出して行った。
しばらくして、さっきより少し大きいのを作って来たが、お尻がむき出 しだ。
「これも、ダメね」
と、また作り直しに行った。
奥さんには自分の子供がいないんだ。 それもあるのかな、こんな事までするのは。
三度目に作ってきたのは、首回りにゴムを入れ、前の方には三角の胸当てをつけ、後ろは尻の方までかかるようになっているチョッキだ。 奥さんは、モーニングスーツの袖と襟のないやつよ、って説明しながらボンジ ュに着せた。
「アー、ようやくピッタリ合ったみたい!」
奥さんは、一人で喜んでいる。
いつもなら絶対に嫌がるはずのボンジュが、 余程寒いのか、ジッと着せてもらっている。
しばらくして、さっきより少し大きいのを作って来たが、お尻がむき出
「これも、ダメね」
と、また作り直しに行った。
奥さんには自分の子供がいないんだ。
三度目に作ってきたのは、首回りにゴムを入れ、前の方には三角の胸当てをつけ、後ろは尻の方までかかるようになっているチョッキだ。
「アー、ようやくピッタリ合ったみたい!」
奥さんは、一人で喜んでいる。
いつもなら絶対に嫌がるはずのボンジュが、
「ニャー、キャッ、キャッ、キャッ、キャッ。変な格好じゃないか?」
ヨモブチが笑い出した。
「変なの!キャッ、キャッ、キャッ」
トムも指をさして笑い転げている。
気持ちの優しいミイは笑っていない。
「ボン、あったかくなった?」
心配そうに顔をのぞき込んでいる。
「うん、でもまだまだ寒いよ」
うなだれているボンジュを見守っていた奥さんは何を思ったのか、ヒョイと抱き上げ、母屋に連れて行った。僕は、 まさか殺したりはしないだろう、と思ったものの、心配で胸が苦しくなった。 心配で心配で、みんなで裏口のドアの前に座ってボンジュを待った。なかなか出てこない。
毛皮を着ているとはいえ、冬は同じ場所に一時間も構えていると凍えそうにな る。まず最初にトムとミイが音を上げた。 二匹は身震いしながらニャンキーハウスに駆け戻って行った。顔を見合わせ、僕もヨモブチと後に続いた。
どれくらい時間が経ったのか定かでないが、 僕らの身体がやっと湯たんぽの温もりで一息ついた頃、ボンジュが戻って来た。少しばかり腹が膨れて、毛が随分綺麗になっている。
「ボンジュ!綺麗になったネ。少しは元気なったでしょ」
奥さんはそう言いながらボンジュを押し込み、戻って行った。
なんだ?この臭いは!クサくてクサくて、とても側にいられない!
みんなでクンクンと鼻を動かしてその臭いを探ると、明らかにボンジュの身体からしている。猫の嫌いな酸っぱいレモンの臭いのようだ。よくもこのクサイ臭いをボンジュにつけたな。
「ぺっ!ぺっ!たまんないなー」
ヨモブチが吐き捨てるように言った。
「ボン、イヤダー!て言ったのに、奥さんがお風呂に入れたんだ。汚いからダメッて。身体がこんなに汚れていたら、本当の病気になっちゃうよ!って」
ボンジュはうっすらと涙を浮べている。
「でもサァー、良い事もあったんだろ」
とトムが問いかけた。
「ううん」
ボンジュは大きく頭を振って話し始めた。
「家の中、あったかかったけど、風呂に入れられて、この臭いを付けられて、 身体がビショビショになって、寒くて寒くて震えていたの。そしたら鳥かごの中に入れられて、 ストーブの側に置かれたの。そこにネ、小鳥が飛んで来たから、 パッと手を出して捕まえようとしたら、ボンは籠の中だから、逃げられちゃったの。すると奥さんがものすごい怖い顔して、 ボンジュ!ダメッ!って怒ったんだよ!寒くて寒くてブルブルだったし、臭くて頭が痛いし、ボン、 早く家に帰りたかったよ!」
「奥さん、猫は風呂なんて大嫌いなの、知らないのかな?」
と僕が頭を傾げると
「デパートのペルシャ猫ちゃんは、いつも風呂に入れてもらって綺麗にしているよって言ってたよ」
「ペルシャ猫ってなあーに?」
ミイがヨモブチに尋ねた。
「そんなの知らねーヨ。ペルシャ猫なんて、 どうせ病気の猫のことだろ」
「そうだよ!病気だから、そんなイヤな所から逃げ出せないで、 ジッとしているんだヨ」
とトムが口をはさんだ。
「病気じゃないって!目が青くてネ、 毛が真っ白でフサフサしてて、すごーく長いんだって。足もちゃんと四本ついていて、歩けるって!」
「へェー、本当か?そんな猫、この世にいるわけないよ!」
僕は今まで生きて来た、ありったけの知識からそう答えた。
「そんな猫いないよ!絶対にいるわけないよネ!」
話の成り行きを見ていたミイも、小首を傾げて言い切った。
「それで、その猫、女だって言ってたか?」
ヨモブチの目つきが変わった。やけにキラキラ輝いている。
「うん、女も男もいて、とっても可愛いんだって。でも、 ボンジュも同じくらい可愛いよ、って言ってたよ」
「そうか、そんな美人猫がいるなら、一度で良いから会いてぇナー」
と、ヨモブチがブツブツ言っている。
そういえば、この二、三年、美人に会ったことがない。 ノン母さんはすごい美人だったけれど、他の猫達は、まぁー、普通だね。
「ところでボン、お前、おいしいものもらったか?」トムは、それが気になっていたようだ。
毛皮を着ているとはいえ、冬は同じ場所に一時間も構えていると凍えそうにな
どれくらい時間が経ったのか定かでないが、
「ボンジュ!綺麗になったネ。少しは元気なったでしょ」
奥さんはそう言いながらボンジュを押し込み、戻って行った。
なんだ?この臭いは!クサくてクサくて、とても側にいられない!
みんなでクンクンと鼻を動かしてその臭いを探ると、明らかにボンジュの身体からしている。猫の嫌いな酸っぱいレモンの臭いのようだ。よくもこのクサイ臭いをボンジュにつけたな。
「ぺっ!ぺっ!たまんないなー」
ヨモブチが吐き捨てるように言った。
「ボン、イヤダー!て言ったのに、奥さんがお風呂に入れたんだ。汚いからダメッて。身体がこんなに汚れていたら、本当の病気になっちゃうよ!って」
ボンジュはうっすらと涙を浮べている。
「でもサァー、良い事もあったんだろ」
とトムが問いかけた。
「ううん」
ボンジュは大きく頭を振って話し始めた。
「家の中、あったかかったけど、風呂に入れられて、この臭いを付けられて、
「奥さん、猫は風呂なんて大嫌いなの、知らないのかな?」
と僕が頭を傾げると
「デパートのペルシャ猫ちゃんは、いつも風呂に入れてもらって綺麗にしているよって言ってたよ」
「ペルシャ猫ってなあーに?」
ミイがヨモブチに尋ねた。
「そんなの知らねーヨ。ペルシャ猫なんて、
「そうだよ!病気だから、そんなイヤな所から逃げ出せないで、
とトムが口をはさんだ。
「病気じゃないって!目が青くてネ、
「へェー、本当か?そんな猫、この世にいるわけないよ!」
僕は今まで生きて来た、ありったけの知識からそう答えた。
「そんな猫いないよ!絶対にいるわけないよネ!」
話の成り行きを見ていたミイも、小首を傾げて言い切った。
「それで、その猫、女だって言ってたか?」
ヨモブチの目つきが変わった。やけにキラキラ輝いている。
「うん、女も男もいて、とっても可愛いんだって。でも、
「そうか、そんな美人猫がいるなら、一度で良いから会いてぇナー」
と、ヨモブチがブツブツ言っている。
そういえば、この二、三年、美人に会ったことがない。
「ところでボン、お前、おいしいものもらったか?」トムは、それが気になっていたようだ。
「うん、カステラとネ、ミルクとネ、鶏肉をもらった。だけど頭が痛くて、少ししか食べられなかったの」
そう言うと、前かがみになってクシャミを連発した。
「そうか、惜しかったナァ。僕にもくれないかナァ」
トムは大きな溜息をついた。
「ボン!人間の家にいた鳥、おいしそうだった?」
ミイも気になっていたことを尋ねた。
「うん、うまそうだった。 スズメより小さいんだけど、家の中をスイスイ飛んでたヨ」
ボンジュは身体を丸め、湯たんぽの上に乗って弱々しく答えた。 ヘンテコなチョッキが身体を圧迫して苦しそうに見える。 家中に充満していたイヤな臭いは、みんなでボンジュをなめてやったり、 足で擦ってやっているうちに薄れていった。
一息ついてから、僕は尋ねた。
「ボン、寒くないか?」
「うん、暖かくなってきたけど、頭が痛いよ!」
「ひどいことするよナ。明日奥さんに会ったら、 少し意見してやるからな」
慰めている間に、みんなが湯たんぽに摺り寄ってきた。
ボンジュはウトウトし始めた。そういえば、この湯たんぽはボンジュの為に奥さんが入れてくれたんだっけ。
「ニイ、ペルシャ猫ってそんなに美人なのかナァ」
ヨモブチは物思いにふけっている。
「ああ、奥さんが言うんだからホントだろう」
「あーあ、そんな美人を嫁さんにしたいよナァ」
僕は弟の顔をジッと見つめて、肩を突っついた。
「ヨモ!お前ではムリムリ!その顔じゃネェ。奥さんが言ってただろ。お前ほどのブスはいない、って」と吹き出しそうになるのを堪えながら言った。
「黙れ!奥さんは、顔じゃなくて心だ、とも言ってるだろ!いつか奥さんにデパートに連れて行ってもらおうーっと!」
僕を睨みつけ、ヨモブチは胸を張った。 弟の憧れにも似た思いに同調して、
「ミイもデパートに行く!」
「僕もついて行く!」
と元気な子供たちは乗り気だ。僕は、奥さんが絶対にそんな事をしてくれる訳がないと思っているから、馬鹿な事を考えたりはしない。けれどその美人のペルシャ猫に会ったら、僕もきっと嫁さんに欲しくなるだろうナァ、と思う。
みんなコックリコックリと眠り始めた。僕も眠くなってきた。外は寒くて出たくないし、オシッコを我慢して眠る事にした。
そう言うと、前かがみになってクシャミを連発した。
「そうか、惜しかったナァ。僕にもくれないかナァ」
トムは大きな溜息をついた。
「ボン!人間の家にいた鳥、おいしそうだった?」
ミイも気になっていたことを尋ねた。
「うん、うまそうだった。
ボンジュは身体を丸め、湯たんぽの上に乗って弱々しく答えた。
一息ついてから、僕は尋ねた。
「ボン、寒くないか?」
「うん、暖かくなってきたけど、頭が痛いよ!」
「ひどいことするよナ。明日奥さんに会ったら、
慰めている間に、みんなが湯たんぽに摺り寄ってきた。
ボンジュはウトウトし始めた。そういえば、この湯たんぽはボンジュの為に奥さんが入れてくれたんだっけ。
「ニイ、ペルシャ猫ってそんなに美人なのかナァ」
ヨモブチは物思いにふけっている。
「ああ、奥さんが言うんだからホントだろう」
「あーあ、そんな美人を嫁さんにしたいよナァ」
僕は弟の顔をジッと見つめて、肩を突っついた。
「ヨモ!お前ではムリムリ!その顔じゃネェ。奥さんが言ってただろ。お前ほどのブスはいない、って」と吹き出しそうになるのを堪えながら言った。
「黙れ!奥さんは、顔じゃなくて心だ、とも言ってるだろ!いつか奥さんにデパートに連れて行ってもらおうーっと!」
僕を睨みつけ、ヨモブチは胸を張った。
「ミイもデパートに行く!」
「僕もついて行く!」
と元気な子供たちは乗り気だ。僕は、奥さんが絶対にそんな事をしてくれる訳がないと思っているから、馬鹿な事を考えたりはしない。けれどその美人のペルシャ猫に会ったら、僕もきっと嫁さんに欲しくなるだろうナァ、と思う。