一月の半ばになると、ボンジュの身体はすっかり良くなってきた。
ある朝、奥さんが飼い葉を付けに来た時、
「アー、カユイヨ!何とかしてクレー!!」
身体をよじ曲げたり首を左右前後に振ったりと、転げ回って苦闘していた。奥さんの仕事をしているそばでそりゃー大変なものだった。
「アラー!ボンジュ、チョッキが嫌なの!?」
と、奥さんがスットンキョーな声を上げた。
ややしばらくして、
「ボンジュ!チョッキを着ていなくちゃダメじゃないか!」
と言ってチョッキを手にボンジュを追いかけたんだ。
「ニャー、イヤダーイヤダー!」
ボンジュの必死の抵抗にやっと旦那さんが諦めて
「チョッキを着ていた方が他所の人が見たら猫を大事にしていると思うから着てくれた方が良
と、とんでもない事を言ったんだ。
「ボンジュ、チョッキが嫌なんだって!」
「そうか!道理でチョッキを見せたら逃げ出したもの」
「そうなの。元気になったから、もういらないんですって!もう、
「ふーん、チョッキを着ていた方が可愛いのにネェ」
又もや旦那さんは非常識な事を言った。やっぱりここの家じゃ、
今日は大人は僕だけだった。トーマスは昨夜から帰っていないし、ヨモブチも早朝から働きに出ていた。僕は昼近くまで湯タンポにへばりついていたが、
「ニャーン、ニャーン、ご飯くれ!」
僕の声を聞いて子供たちも駆け付けた。
「ニャーオン、ニャーオン」
「ウニャー、ウニャー」
「ニャン、ニャン、ニャン」
それぞれ個性的な声をあげてご飯の催促だ。十分程で奥さんがかつお節ご飯を持って出て来た。
「アラッ、ボンジュもお腹すいたの?」
奥さんは又もや僕らを無視して言った。
「そう、そんなにお腹がすいたの?」
奥さんはボンジュに優しく声を掛け、抱き上げて肩にのせた。
と言った。
「ボンジュ、ボンジュ、マルボンズ」
「アッハ、ハハハハハ。ブチニャンの歩き方ってまるで酔っ払いみたーい!」
突然奥さんは笑いながら言葉を発した。ひどい!
「だって!そのナヨナヨ、
僕は傷ついた。そして食欲が失せていくのを覚えた。
「ブチ伯父ちゃん、奥さんなんて言ったの?」
トムが興味を示した。
「ふざけた事を言っているだけサ」
僕は軽く流した。するとミイが目を輝かせ
「酔っ払いって言ったよね!」
と聞いてきた。ミイは言葉を理解していたんだ!
「ああ、飲んだくれみたいだって言ってたんだヨ」
僕は仕方なくそう答えた。
「本当?酔っ払いみたいだって言ったの?ニャッハ!ハハ、ニャッハ、ハハ!」
トムはそれを聞いて愉快そうに笑いだした。頷きながらミイも笑っている。僕は奥さんを恨めしく思った。
奥さんはニャンキーハウスの前に来ると、
「ボンジュって本当に可愛いネ。元気になって良かったネ」
と言いながら、なで回している。そして僕を見ると
「お前さんはいつもグズグズしていて馬鹿な猫だネェ。
と忠告し、僕の頭もなでた。僕は腹が立っていたが、なでられると嬉しかった。
「イヤーネェー、だからブチニャンを抱くのは嫌なのよ!
そう言うと奥さんは横目でしっかり僕を睨み付け、無理やり僕を引きずり下ろした。
「しっかりしなさいヨ」
奥さんは眉間に縦じわを三本も作って睨み付け、もう一度僕の頭に手を触れる
(
と思いながら弟と妹を案じ、子供たちの食事風景を見守っている。
「ニイ!
と言ってゲラゲラ笑うだろうなー。僕はダンダン惨めになって来た。
僕の予感が的中するのにさほど時間は掛からなかった。
「ニイ!ただいま!」
そう言うなり、僕の下腹にピタッと両足をくっつけた。
「今日は何か面白い事なかったか!?」
「何するんだ!冷たいよ!」
反射的に身体をよじる僕にヨモブチは悪ぶれもせず、キャッキャッと笑いながら皆の顔を見回し
「今日は何か面白い事なかったかなー!?」
と、又もや問いかけて来た。まどろんでいた子供たちが待ってましたとばかりに顔を見合わせ、ミイが目をクリクリさせて言
「ブチ伯父ちゃん、今日ネ、
その言葉を聞くや否やヨモブチは
「ナァーニィー!」
と、まずは甲高い声を発し、
「酔っ払い!酔っ払いだってカ?!ニャッハハハー、
と、腹を抱え笑い出した。それにつられ、
僕は家族の中で一匹孤立している。とてもその場にいたたまれず、ハウスを出て戸外へ足を向けた。
外では横殴りの雪が容赦なく僕に吹き付けて来た。
「ブチ伯父ちゃーん!」
「ブチ伯父ちゃーん!」
程なく子供たちが探しに来てくれた。それぞれが
「外は寒いから、早く家に帰ろう」
と、我に返っていた。
歩きながら
「ブチ伯父ちゃん、さっきはごめんなさい」
ミイがポツリと言った。
「いいんだよ」
「ニイ!許してくんろ」
この態度の良さに僕の気持は収まった。仕方がないよ。僕は病弱で、いつもフラフラとした歩き方しか出来ないのだから。
「いいよ、気にしなくても」
そう言って冷えた身体を温めた。
「ブチ伯父ちゃん!元気出してね」
ボンジュの愛らしい言葉が僕を幸せにしてくれた。