ユーミスの丘

ドラ猫横丁0番地に住む猫たちの愉快な物語

その9 しめ飾りは、目刺しがいいナァ

 今日は大晦日だ。旦那さんは、一人で午後二時頃に早々と馬達を厩舎に入れ始めた。母屋から良い匂いがしている。きっと奥さんは正月の料理を作っているんだ。旦那さんは仕事をしながら時々ニャンキーハウスの前を横切っているが、まだウサギには気づいていない。
 僕は相変わらず鼻をグシュグシュさせ、ぐっすり眠り込んでいる子供たちの側にいる。ハウスの横に置いたウサギを誰かに横取りされはしまいかと、注意を払いながらだ。
 馬の仕事を終えた旦那さんが通りかかり、やっとウサギの肉に気づいて立ち止まった。頭はついていないが、食べかけの肉が血で汚れた白い毛の中からのぞいている。「なんだ?この肉は?」
 そう言いながら、しげしげと見ている。そして、いぶかしげにニャンキーハウスからヒョッコリ顔を出した僕をジッと見つめた。僕は、(よくやった!)と、そう言って褒めてくれるのではと、愚かにも期待して旦那さんの顔を見上げた。
「このウサギ、すごいネ」
 旦那さんはそう言って屈むと僕の頭をゴシゴシとなぜてくれた。僕は嬉しくなって、背中をポコンと盛り上げ、旦那さんの足元にまとわりついた。すると
「ブチニャンじゃないだろう?これはトーマスが捕ったんだろう?
 そう言って僕の顔をジッと見つめた。
(ばれたか!)
 僕は、ダンダン身体をしぼめ、慌てて言った。
「捨てたりしないでね。ニャン」
 キクイチオオー婆ちゃんの話を聞いて以来、心配でたまらなかったんだ。
 旦那さんは、何を思ったのかスクッと立ち上がり、母屋から奥さんを連れて出て来た。二人はウサギの前に来て立ち止まった。
「あらー、すごい!誰が捕ったのかしら?」
 奥さんは驚いて叫び、周りをグルリと見回し、ついに僕と目があった。
「ニャン、ニャン、僕だよ僕」
 小さな声で言ってみた。
「まさか、ブチニャンじゃないよネ?」
 あーあ、僕はいつもこの嫌みたらしい言動に苦しめられているんだ!でも僕は奥さんの事、悪く言えないよ。毎日ご飯をくれるのは奥さんだもの。
「ああ、ブチニャンじゃないだろ。それにしてもすごいよ!」
 奥さんの声を聞きつけてボンジュがニャンキーハウスから出て来た
「ボンジュ、元気になった?」
 奥さんは、すぐさまボンジュを抱き上げた。
「まぁ、どうしたの?目クソ、鼻クソつけて。これじゃハンサムボンジュも台無しじゃない!」
 そう言ってティッシュで顔を綺麗に拭いてやっている。その側で旦那さんが言った。「ボンジュ、元気ないの?かわいそうにネ」
 この二人は本当にボンジュだけには優しいんだ。
「サァ、ボンジュ!ウサギの肉食べなさい。元気になるよ」
 奥さんはボンジュをウサギの肉の前におろし、二人揃って母屋に戻って行った。

 ボンジュは奥さんが行ってしまったのでガッカリして、ニャンキーハウスにスゴスゴと入って行く。僕も後から続いた。肉の見張りを怠ったわけではないよ。家の中にいても神経は張りつめているんだ!ハウスの奥では僕らに気付かずトムとミイが眠っている。ボンジュが寂しそうにポツリと言った。
「どうして奥さん、今日は遊んでくれないのかな?」
「お正月で忙しいんだよ。二、三日したら又、遊んでくれるよきっと」
 慰めてやると、しばらくションボリしていたが、やがて眠ってしまった。チョッキで少し身体の調子が良くなったのか、顔を上に向けた穏やかな眠りだ。

 冬の夕暮れは早い。人間の家の玄関の方からトントンと音がしたので、気になって見に行くと、奥さんと旦那さんがしめ飾りを付けていた。あーあ、又だよナァ。僕はしめ飾りを見てガッカリした。しめ飾りには、例年通り門松と細縄に昆布とピラピラの紙と葉っぱがついているだけなんだよ。僕達は、それを見る度に、
(どうして葉っぱの代わりに目刺しを刺し込んでくれないのか)
 と言い合っている。
 葉っぱはネ、何時か土の上に落ちてしまう。”地に落ちる”だから、正月早々縁起が悪いよ。目刺しはネ、目的を目指すという事で、すごーく縁起が良いんだよ。いくらそう教えてやっても旦那さんや奥さんはわかってくれないんだ。目刺しだったら僕達皆、正月から飢える事もないから、猫助けにもなるじゃないか。
 人間って奴は、いつも自分だけが正しいと思っているんだヨ!だから人間は、動物の言葉がわからないのサ!
 人間の家のしめ飾りが終わると、次は厩舎に付け始めた。人間の家と同じやつだ。厩舎には馬の好きそうな物を付けるといいのにねネ。
 見ている僕に気付いて、
「ブチニャン、しめ飾り、ニャンキーハウスにも付けてあげようか?」
 と奥さんは笑顔を向けた。
「冗談じゃないよ、そんな縁起の悪いことしないでくれ!」
 僕はそう言ってサッサと厩舎に入っていくと、キクイチオオー婆ちゃんが
「人間ていうのは、本当に縁起が悪いネェ」
 と鼻の穴を膨らませてぼやいていた。
「本当に進歩がないよ!ニンジン付けろ!ニンジン付けろ!」
 同調して騒ぐ馬たちの前を横切り、僕はその場を後にした。

 厩舎のそばの外灯が灯って間もなくトーマスが戻って来た。
「ニイ!ハイ、コレ!」
 その声にニャンキーハウスから顔を出して見ると、目の前に小魚が置かれている。「トーマス、港に行ってきたのか?」
「そうよ!これを目刺しにして、しめ飾りが出来るでしょ!」
 そこへヨモブチも戻って来た。
「オーイ、門松取ってきたゾ!」
 見ると、ヨモブチの口には、トド松の小枝がくわえられていた。僕は神聖な面持ちでニャンキーハウスの右には門松、左に小魚を目刺しにして置いた。それを子供たちが珍しそうに見ている。
「サァ、これで食べ物も沢山あるし、門松も付けたし、ホントに良いお正月が来たワ」  
 トーマスが嬉しそうに言った。
「子供たちに言っておくけど、正月の三が日は、飾りの目刺しを食べてはだめだゾ。罰が当たるからナ」
 ヨモブチが重々しい声で言い聞かせている。そうだった、大切な事を言うのを忘れていた。さすが弟だ!
「皆、ヨモ伯父ちゃんの言うとうりだよ!」
 僕も注意をうながした。
「ハーイ!」
 返事は良いが、子供達はまるで聞いていないようだった。すぐさま三人で鬼ごっこをしてハシャイでいる。
(ホントに分かっているのやら)
 やれやれ。

 大人に続いて子供たちもいそいそとハウスに戻ってきた。皆揃って湯たんぽを囲んで過ごす正月なんて、今まで一度もなかった。こんな日を夢見ていつも生活していたが、かなったのは今年が初めてなんだ。それだけに僕ら兄妹にとって喜びはひとしおだった。それぞれが満腹の状態で湯たんぽを囲んでいる。見回すと皆の顔は幸せに輝いている。ホンワリとした温もりが体中の細胞に行き渡り、ゆったり気分に浸っていると
「お正月ってなあに?」
 ボンジュが目をパチパチさせて聞いてきた。
「エート、エート」
 トムが一生懸命に考え、頭を傾げている。
「お正月って楽しい事?」
 今度はミイが聞いてきた。
「皆揃って、ゆっくりと楽しく、美味しいものを沢山食べるのが正月なんだよ」
 僕は分かりやすく子供たちに説明した。
「ワーイ!そうしたらお母さんもヨモ伯父ちゃんも、お仕事に行かないで、家にいるの!?」
 トムは目を輝かせ、飛び上がらんばかりだ。
「そうよ、このウサギの肉がすっかりなくなるまで、お休みよ」
トーマスは笑みを浮かべ、穏やかな口調で子供たちに答えた。
「ヤッター!」
 子供たちは揃ってトーマスに飛びついている。子供たちにへばりつかれながらトーマスは微笑んでいる。妹もすっかり母親らしくなったものだ。

 今年は本当に良い正月が来たよ。母さんが去って三年の月日が流れ、やっと巡って来た幸せな正月だった。御馳走はあるし、病気ばかりしている僕にとって温かな湯たんぽを毎日入れてもらえる幸せ。嬉しいことに、そのお陰で身体の調子は以前よりずーっと良いんだよ。こんな幸せを味わっている家族なんて、そう沢山いるもんじゃない。僕は、そう思っている。